簡便化した長期オペラント行動解析の確立

研究先 慶應義塾大学 医学部 精神・神経科学教室
コース DNAコース

要旨

げっ歯類の認知・意欲を計測するにはオペラント行動解析が用いられている。従来のオペラント行動解析はマウスへ要求する難易度が高く、マウスの認知機能維持のために実験者が連日実験を行う必要があるため、長期的な認知機能の評価には不向きである。そこで、手続きを簡便化させた長期間のオペラント行動解析法の確立を目指した。

オペラント行動解析は、progressive ratio task (PRT)を用いた。これは、正解のレバーを押すと餌報酬が与えられるが、試行回数と比例して餌報酬を得るために押さなければいけないレバー押し数が増加する、という課題である。各試行に制限時間が設けられているため、マウスに意欲と連合学習の保持を要求する。7匹の雄性C57BL/6Jマウスを用いた。生後8週齢時からレバー押しと餌報酬獲得の連合学習を成立させるトレーニングセッションを、週6回の頻度で行った。学習が成立した後に、PRTへ移行した。本研究課題では従来よりも制限時間を長く(10分間)して、課題の難易度を下げた(PRT-10)。PRT-10を週2回の頻度でマウスに課し、意欲や認知機能が維持されるか否かを32週間観察した。その結果、意欲の指標であるbreak point (1粒の餌報酬を得るために押した最大レバー押し数)2セッション/週に切り替えた直後にパフォーマンスの低下が認められたが、切り替え後3週間以降のパフォーマンスは安定したことが分かった。また、認知機能の指標である正解率も、手続きを変えた直後にわずかな下落を認めたが、その後は安定したパフォーマンスが認められた。これらの結果より、PRT-10は長期的なオペラント行動解析に適当な課題であるといえる。

今後は、本新規オペラント評価系を用いて、病態モデルマウスの長期認知機能評価および治療薬の長期薬効評価を行う予定である。

目次

要旨... i

目次... ii

序論... 1

目的... 2

材料と方法... 3

動物... 3

オペラント行動解析... 3

Fixed ratio task(FRT)... 5

Progressive ratio task (PRT)およびPRT-10. 5

トレーニングセッション... 5

テストセッション... 5

データ解析... 6

結果... 7

考察... 13

死因と対策... 13

機械トラブル... 13

Break point(意欲)の評価... 13

正解率(記憶力)の評価... 14

簡便化を図ったことによる長期的評価... 14

今後の展望... 14

参考文献... 15

謝辞... 16

序論

1-1

神経変性疾患の1つであるアルツハイマー型認知症は、記憶などの認知機能の異常を主症状とする疾患である。また、アルツハイマー病患者で高率にアパシー(意欲の低下)を示すことが繰り返し報告されている1)2)。その国内患者総数は250万人以上と推定され、人口の高齢化とともに著しい増加傾向にある3)。同疾患ではAβが線維化して老人斑となって蓄積、その影響で神経機能の異常が現れると考えられており、特に神経細胞の軸索を構成するタウタンパク質の異常凝集物(神経原線維変化)の形成やシナプスの減少などの異常は、病気の進行に深く関わっている4)

1-2

オペラント(operant)とは、オペレート(operate)をもとに心理学者であるバラス・スキナーによって考案された造語である。オペラント学習とは実験動物に道具を用いて認知的な課題を学習・遂行させ、実験動物のパフォーマンスから、認知・遂行能力を測ることができる実験手法の一つである5。しかし、これには問題点があり、実験動物に高い認知機能の維持を要求するため、毎日のように課題を行わせる必要があるため長期的な認知機能の評価には不向きである。オペラント行動実験とはオペラントボックスを用いてマウスに学習をさせて、テストを行うことによって認知機能の評価を測ることが出来る実験系なのである。従来のオペラント行動実験は、マウスがテスト課題を毎日行うという事と、実験者が毎日の観察・解析を行わなければいけなく長期間実験を進めるには非常に手間なのである。

目的

病態モデルマウスの長期認知機能評価および治療薬の長期薬効評価を可能とする、長期間のオペラント行動解析法の確立を目指す。

材料と方法

動物

マウスは日本チャールズ・リバー株式会社より7週齢の雄性C57BL/6Jマウスを7匹購入して用いる。マウスは個別飼育をし、耳に穴をあけて個体識別した。本研究では、購入後1週間は実験を行わず、無制限餌を与え、環境に慣れさせた。餌は、実験動物用固型飼料 (MF, オリエンタル酵母, 東京) を用いる。

オペラント行動解析

オペラント行動解析には、3台のオペラント装置(Med Associate社)を使用した。片側の壁の中央にペレット(20mg each,dustless precision pellets,Bio-serv,Frenchtown,NJ,USA)が出る餌箱とその両隣にレバーが1つずつある。レバーの上にはランプがあり、正解レバー上方のランプは試行中に点灯する。不正解レバー上方のランプは点灯しない。餌箱上方にはハウスライトが設置されている。(図.1)

あらかじめ餌制限を施したマウスをオペラント装置内に入れる。試行開始の合図としてハウスライトが点灯し、両方のレバーが出る。マウスが正解レバーを押したら餌報酬が与えられる。不正解レバーを押しても何も起こらない。試行と試行の間は、ハウスライトが消灯し、レバーが壁内に引き込まれた状態が8秒間与えられる。

Fixed ratio task(FRT)

Fixed ratio(FR)-1は正解のレバーを1回押すと餌報酬が1粒もらえる。制限時間60分以内に50粒以上の報酬を獲得できたら、FR-2に進める。FR-2は正解レバーを2回押すとペレットが1粒もらえる。FR-2も同じように50粒以上の報酬を獲得できたら、FR-3に進める。FR-3は正解レバーを3回押すとペレットが1粒もらえる。FR-3も同じように50粒以上の報酬を獲得できたら、テストセッションに進む。

Progressive ratio task (PRT)およびPRT-10

PRTがFRTと異なる点は、1粒の餌報酬を得るのに押さなければならないレバー数が段階的に増加することである。その他の手続きはFRTと同じとした。1粒の餌報酬を得るために押した最大のレバー押し数のことをBreak pointと呼び、意欲の指標とした。制限時間60分以内に10粒以上の餌報酬を獲得できたらPRT-10に進むことが出来る。PRT-10はセッション全体の制限時間は他の課題と同じく60分だが、各試行毎に10分以内に必要な回数のレバー押しをしなければ強制的にセッション終了となる。

トレーニングセッション

トレーニングセッションは月~土曜日、6日/週行った。月~金曜日はホームケージ内での餌を2.3 gに制限した。日曜日にはトレーニングを行わないため、土曜日は餌を6.0 g与えた。トレーニングを行う前に体重測定を行い、体重が19.0 gを下回っていた場合はトレーニング後に3.0 gのホームケージ内餌を与えた。トレーニングを行う前に、オペラント装置に異常がないかを毎回確認した(餌箱にペレットが詰まっていないか、レバーが正常動作するか)。以上がないことを確認した後に、オペラント装置にマウスを入れ、PCでその日行うトレーニング課題を設定して、60分間放置した。課題が終わったら、オペラント装置からマウスを取り出しホームケージに戻した。トレーニングは前述の基準を基に、FR1・FR2・FR3・PRTの順に進めた。PRT-10の課題に移行後は、例えば得られた報酬の数が14, 14, 14(±1まで許容)のように3日間連続して安定したパフォーマンスが得られた時点で、学習が完了した(すなわちトレーニング終了)と判断した。学習が完了したマウスからテストセッションへと移行した。学習完了におよそ1か月かかった。7週間トレーニングを行っても学習完了に至らなかった個体は実験を行わずドロップアウトさせた。

テストセッション

テストセッションは週2回(火曜・土曜)行った。ホームケージからオペラント装置に移すまでの一連の流れは、トレーニングセッションと同様に行った。テストセッションでは全てPRT-10を行った。セッション終了後、マウスをホームケージに戻し、ホームケージ内餌は次の課題を行う日まで無制限に与えた。課題を行う前日(月曜日・金曜日)にホームケージに残っている餌をすべて取り除き、新たに2.3 gの餌を与えた。このテストセッションはマウスが生後40週齢になるまで続けた。

データ解析

各テストセッションでマウスが達成した総試行数からBreak pointを算出した。また、正解率=(正解レバー押し数 / (正解レバー押し数+不正解レバー押し数)を算出した。

結果

今回の長期的なオペラント行動実験において最後まで達成できたのは、4番から6番までの3匹である。残りの1番、2番、3番、7番の4匹は実験途中で死亡してしまった。1番のマウスは4月からトレーニングセッションを始めて生後10週齢で終え、テングセッションを始めて生後10週齢で終え、テストセッションを開始して生後32週齢時の10月に、3番のマウスは4月からトレーニングセッションを始めて生後9週齢で終え、テストセッションを開始して生後13週齢時の5月に、7番のマウスは6月からトレーニングセッションを始めて生後9週齢で終え、テストセッションを開始して生後22週齢時の10月に死んでしまった。2番と7番のマウスは同じ日に死んでいた。

残りのマウスは40週齢までテストセッションを行うことが出来た。テストセッションでの総試行数からBreak pointを算出するのに、先行研究で用いられた関数(図.2)を使用して、意欲の評価をした。(図.3,4)

また各マウスのレバー押しの正解率(記憶力)を算出した。(図.5,6)

【図.2】Break pointを測る学習曲線

この曲線は先行研究で用いられたトライアル数。縦軸はBreak point(意欲)、横軸はトライアル数を表している。トライアル1ではレバーを一回押せば報酬が1粒もらえ、トライアル20までいくと報酬を1粒もらうのに268回レバーを押さなければならない。この関数は、最初は緩やかだがトライアルをこなせばこなすほど段階的に上昇しマウスへの報酬に対する意欲をよく図ることが出来る。y=5*e0.2R-5のRにトライアル数を代入することによってBreak pointを求めることが出来る。

このグラフは、テストセッションを40週齢まで行えた3匹のBreak pointの時間経緯をあらわしたものである。縦軸はBreak pointを、横軸の-3,-2,-1は6セッション/週での最後の3日間を意味し1から30までは、2セッション/週で行った30 週間を表している。17週でデータが欠損しているのは、オペラントボックスの機械トラブルが起こりデータを取ることが出来なかったためである。各個体共に2セッション/週に切り替えた直後(およそ3週間)意欲の低下がみられたが、その後安定した。

このグラフは、3匹のBreak pointの平均値±標準誤差を表したものである。縦軸、横軸共に【図.3】と同じである。17週でデータが欠損しているのは、オペラントボックスの機械トラブルが起こりデータを取ることが出来なかったためである。【図.3】と同様に2セッション/週に切り替えた直後(およそ3週間)意欲の低下がみられたが、その後安定した。

このグラフは、テストセッションを40週齢まで行えた3匹のレバー押し数の正解率(記憶力)を表したものである。縦軸は正解率を、横軸は【図.3】と同じである。17週でデータが欠損しているのは、オペラントボックスの機械トラブルが起こりデータを取ることが出来なかったためである。2セッション/週に切り替えた直後も記憶力はおおむね維持された。9週目で4番の正解率が大きく下がっているが、次の週からは記憶力は回復し維持された。オペラントボックスは正常であった。

このグラフは、3匹のレバー押し数の正解率(記憶力)の平均値±標準誤差を表したものである。縦軸、横軸共に【図.5】と同じである。17週でデータが欠損しているのは、オペラントボックスの機械トラブルが起こりデータを取ることが出来なかったためである。【図.5】と同様に手続きを変えた直後にわずかな下落を認めたが、その後は安定したパフォーマンスが認められた。全体的に正解率がおおよそ80~100%の間にあるので記憶力の維持が確認出来た。

考察

死因と対策

今回の研究で亡くなった4匹のマウス達の死亡発見当時の現状から死因を1匹ずつ考察し、その際にとった対策によって改善されたかを推測してみた。1番のマウスは、実験を始める際にケージ内のマウスの確認を行った際に、給水ビンの中身が空っぽで水でびしょびしょに濡れた床敷きの中でうずくまって死んでいるのを発見した。この事から考えうる死因としては、ケージ内の床敷きを多く入れすぎたせいで給水ビンの先と触れてしまいビンの中の水が全て床敷きに吸われてしまったためそこで生活していたマウスの体温が低下したことによる衰弱死が考えられる。その際に対策として、床敷きの量を全体的に減らし少しでも量が多いなと感じたらすぐに減らすようにして床敷きと給水ビンの接触を避けるようにした。こうしたことによって床敷きと給水ビンが接触するというミスがなくなり改善することは出来たと言える。2番と7番のマウスは、同じ日に亡くなっていて、2匹とも亡くなる1週間前から動きに変化が見え段々と元気がなくなっていきケージ内で亡くなっているのを発見した。この事から考えうる死因としては、餌のやり忘れや給水ビン内の水の追加などを怠ったためマウスに十分な食事を与えられなかったことによる衰弱死が考えられる。その際に対策として、実験者個々人が他人任せにせずマウス管理を意識し、常に餌・水が十分にあるかを確認するようにした。こうした行動によって他のマウスで同じようなことは起きなかったので改善することが出来たと言える。3番のマウスは、実験作業中にオペラントボックスからケージへマウスを移動する際にマウスを下に落とし、捕まえる前に床に設置してあったネズミ捕りに引っかかって死亡した。その際の対策として、実験作業中の人為的ミスによって起こるマウスの脱走を減らす為に、一人ひとりの負担を減らしお互いを支え合い、マウスを逃がすことがどんなに大変なことかをチーム全体で再確認し実験に対する意識を高めた。この対策によって、マウスを逃がすなどの人為的ミスはなくなり改善することは出来たと言える。

機械トラブル

17週で起きたオペラントボックスによる機械トラブルは、今後も本研究を進めるにあたり起こり得ると考えられた。それを踏まえて対策としては、課題開始前後でオペラントボックス内に異常はないかレバーは正常に動いているか排出口に餌がつまってないか等のメンテナンスを随時取り組むことにした。

Break point(意欲)の評価

【図.3】と【図.4】の結果から、2セッション/週に切り替えた直後にパフォーマンスの低下が認められたが、切り替え後3週間以降のパフォーマンスは安定したことが分かったため、従来毎日行っていた課題を週2回に簡便化したことによって意欲の低下は見られないと判断できる。よって、簡便化しても長期間の意欲の持続は可能であると考えられた。

正解率(記憶力)の評価

【図.5】と【図.6】の結果から、手続きを変えた直後にわずかな下落を認めたが、その後は安定したパフォーマンスが認められたため、簡便化を図ったことによる記憶力の低下はなく、記憶力は週2回の課題でも長期間の持続可能であると考えられる。

簡便化を図ったことによる長期的評価

意欲と正解率の結果から、PRT-10は長期的なオペラント行動解析に適当な課題であると考えられる。

今後の展望

今回、死亡トラブルもあったためマウスの匹数が減ってしまったので、今後は匹数を増やして追加実験を行っていくことが望ましい。それと同時に本研究で確立した新規オペラント評価系を用いて、病態モデルマウスの長期認知機能評価および治療薬の長期薬効評価を行う予定である。

参考文献

1) Roland B Wetzels, Sytse U Zuidema, Jos F M de Jonghe, Frans R J Verhey and Raymond T C M Koopmans. Course of neuropsychiatric symptoms in residents with dementia in nursing homes over 2-year period. Am J Geriatr Psychiatry. 18巻(12);1054-65ページ. 2010 Dec
2) Fernández-Martínez M, A Molano, J Castro and J J Zarranz. Prevalence of neuropsychiatric symptoms in mild cognitive impairment and Alzheimer's disease, and its relationship with cognitive impairment. Curr Alzheimer Res. 7巻(6);517-26ページ.2010 Sep
3) 国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター
4) 田之頭 大輔,儘田 直美,山本 詞子,谷口 香織,玉岡 晃, Madepalli K. Lakshmana,荒木 亘 The neurotoxicity of amyloid β-protein oligomers is reversible in a primary neuron model. Molecular Brain.10巻(1号):4ページ. 2017 Jan 31
5) Eric R. Kandel.学習と記憶.カンデル神経科学.第1版1刷.James H. Schwartz,Thomas M. Jessell,Steven A. Siegelbaum,A. J. Hudspeth.MEDSi.東京.1424-1425頁.2014年

謝辞

本研究を進めるにあたり、ご指導ご鞭撻頂きました、慶應義塾大学 田中 謙二准教授木村 生先生、濱口 卓也先生、慶應義塾大学医学部精神・神経科学教室 情動の制御と治療学研究寄附講座の皆様に厚く御礼申し上げます。

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