抗精神病薬がマウスの海馬ゲノムに及ぼす影響について

研究先 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター研究所 難治性疾患研究部
コース 動物バイオコース

1. 要旨

【目的】近年、環境因子によって発現が誘導されるモバイル因子LINE-1(長鎖散在反復配列: L1)が、さまざまな分野で注目されている。精神疾患である統合失調症患者の海馬ゲノムにおいて、L1のコピー数が増加していることが報告された。しかし、このL1コピー数の増加は、患者が服用している治療薬の影響である可能性も考えられる。そこで、本研究では、抗精神病薬が海馬ゲノムのL1の発現に及ぼす影響について明らかにすることを目的とし、薬剤投与マウスを用いたL1プロモーター領域のメチル化解析を行った。

【材料及び方法】マウスの海馬ゲノムを用いて、VPA投与・非投与個体のメチル化パターンについて比較した。さらに本研究では、マウスを用いて行動実験を行い、抗精神病薬バルプロ酸(VPA)投与前後での行動パターンも比較した。

【結果及び考察】メチル化解析では、VPA投与マウスにおいて低メチル化クローンがより多く検出され、VPAはL1プロモーター領域のメチル化パターンに影響を及ぼすことが明らかとなった。また、マウス行動実験において、VPAは自発的活動量に影響を及ぼす傾向が見られたが、有意な差は得られなかった。

目次

  1. 要旨... 1
  2. 序論... 2
  3. 目的... 3
  4. 材料と方法... 4

4-1.    対象... 4

4-2.    メチル化解析... 4

4-3.    行動解析(オープンフィールドテスト)... 5

  1. 結果... 6

5-1.    メチル化解析... 6

5-2.    行動解析... 6

  1. 考察... 7
  2. 参考文献... 8
  3. 謝辞... 9
  4. 表... 10
  5. 図... 11

2. 序論

モバイル因子L1は、ヒトゲノムの17%を占めており、自身のコピーを他のゲノム領域に入る特徴を持っている(Garcia-Pe’rez, 2016)。L1の長さは約6 kbpで、内部にORF1とORF2とよばれる2つのタンパク質をコードしている。これらのタンパク質はL1の転移に必須であり、ORF2はヌクレアーゼ活性と逆転写酵素活性を持っている。転移の過程において、ORF2のヌクレアーゼ活性は、L1配列の新規挿入位置のゲノムDNAの切断を行い、ORF2の逆転写反応によりL1 RNAのDNAコピーを作り、ゲノムDNAの挿入を行う。このようなL1の動きは、さまざまな環境の変化により引き起こされている。

3. 目的

近年、脳ゲノム研究においてL1が注目されている。例えば、精神疾患患者ゲノムにおいて、L1のコピー数が増加していることが報告されている(Bundo et al. 2014)。一方、モバイル因子のひとつであるHERVの発現が、抗精神病薬によって誘導されることも報告され(Diem et al. 2012)、即ち、精神疾患患者ゲノムにおけるL1コピー数の増加は、服用している抗精神病薬によって引き起こされている可能性が考えられる。本研究では、抗精神病薬がマウス海馬ゲノムのL1に及ぼす影響について明らかにすることを目的とし、薬剤投与マウスを用いたL1プロモーター領域のDNAメチル化解析を行った。

DNAメチル化とは、エピジェネティック機構のひとつであり、遺伝子の発現調節を行っている。本研究では、抗精神病薬として使用されているバルプロ酸投与によりL1のプロモーター領域が低メチル化状態になる可能性を検証した。

4. 材料と方法

4-1. 対象

本研究では、代表的な精神疾患モデルマウスであるNMDA受容体サブユニットNR2Aノックアウトマウス(12週令)を実験対象として用いた。バルプロ酸投与実験において、投与量は100 mg/kgとし、腹腔内投与にて実施した。対照群では、生理食塩水を用いた。投与は1日おきに計2回の投与を行い、最後の投与から約48時間後に、マウス海馬のサンプリングを行った。サンプリングでは、マウスを麻酔薬にて安楽死させた後、リン酸-緩衝生理食塩水(PBS)を用いて灌流を行い、海馬を摘出した。摘出した海馬は、氷冷したPBS中で保存し、速やかにDNA抽出に供試した。

また、本投与量で異常行動が誘発されるかどうかを調べる目的で行動解析ではC57BL/6系統の56週令(雄5匹)を用いた。

4-2. メチル化解析

サンプリングしたマウスの海馬からQuick Gene Kit(クラボウ社)を用いて、ゲノムDNAを抽出し、Cell-To-CpGtm バイサルファイト コンバージョンキット(サーモフィッシャー社)を用いてゲノムDNAのバイサルファイト処理を行った。次に、処理したゲノムDNAをテンプレートとして、L1プロモーター配列をPCR増幅した。PCR反応試薬には、2×Kapa Taq Premix(日本ジェネティック社)、メチル化解析用L1プロモーター特異的プライマーとして、F_unmeth_mLINE1:GTTGAGGTAGTATTTTGTGTGGGTTおよび

R_unmeth_mLINE1:TCCAAAAACTATCAAATTCTCTAACAC(最終濃度0.5 mM)を使用した。これらのプライマーを氷上で処理済ゲノムDNA50 mgと混合した。PCR反応は、サーマルサイクラーPro Flex(サーモフィッシャー社)を用いて、95℃で2分間の初期変性後、変性95℃で30秒、アニーリング58℃で30秒、伸長68℃で30秒を25サイクル行い、68℃で5分間の最終伸長を実施した。PCR増幅後、TBE Bufferを用いて2%アガロースゲル電気泳動を実施した。泳動後のゲルは、エチジウムブロマイド溶液で染色し、UVトランスイルミネーター(Gel Doc 2000 、バイオラッド社)でバンドの確認を行った。得られたPCR産物は、pGEM-T Easy Vector System(プロメガ社)を用いてTAクローニングに供試した。16℃で30分以上のライゲーション反応後、プラスミド溶液をコンピテントセルDH5αに加え、氷上で20分静置し、42℃30秒のヒートショックを行い、トランスフォーメーションを行った。0.1M IPTG、20mg/ml X-galをアンピシリン混合のLB寒天培地に塗布し、37℃で一晩培養した。コロニーを採取し、コロニーPCRを行った。PCR反応試薬には、2×Kapa Taq Premix(日本ジェネティック社)を用い、プライマー(M13F:GTAAAACGACGGCCAGTおよびM13R:CAGGAAACAGCTATGAC

最終濃度0.5 mM)を混合した溶液にシングルコロニーを加えた。反応液は、すべて氷上で調整した。PCR反応は、95℃で2分間の初期変性後、変性95℃で30秒、アニーリング60℃で30秒、伸長68℃で30秒を35サイクル行い、72℃で5分間の最終伸長を実施した。PCR増幅産物は、1.5%アガロースゲルにてバンドの確認を行った。インサートが確認できたクローンは、アンピシリン-LB液体培地で一晩培養し、プラスミド精製キットFastGene Plasmid Mini Kit(日本ジェネティクス社)にてプラスミドDNAの精製を行った。得られたプラスミドDNAはBig Dye Terminator v3.1 Cycle Sequencing Kit(サーモフィッシャー社)を用い、サンガー法によるシーケンス反応を行った。なお、シーケンス用プライマーにはM13FまたはM13Rプライマーを用いた。エタノール沈殿で精製した反応産物は、Hi-Diホルムアミドに溶解後、オートシーケンサーABI3130(サーモフィッシャー社)にて、シーケンス解析を行った。本メチル化解析法では、ゲノムDNAにバイサルファイト処理を行うことで、非メチル化シトシンはウラシルに変換され、メチル化シトシンは変換されない。そのため、PCR増幅およびシーケンス解析により、メチル化シトシンはそのままシトシンとして検出され、一方の非メチル化シトシンはチミンとして検出される。以上の原理により、メチル化の有無やポジションを正確に評価することができる。

4-3. 行動解析(オープンフィールドテスト)

オープンフィールド(40×40×35㎝)は、四方を透明アクリル板と赤外線センサーが内蔵された行動解析装置である(図1)。マウスを装置中心にセットし、60分間の行動時間を与えた。行動観察は直接的に行わず、行動解析装置にて自動で行った。装置内での自発的運動量を自動行動追跡解析しシステム(actitrack v2.7、 Panlab社)によって測定した。測定は、1回目の投与前と2回目の投与後に行った。

5. 結果

5-1. メチル化解析

本研究では、バイサルファイトシーケンス法を用いて、バルプロ酸投与が海馬ゲノムDNAのL1プロモーター領域のメチル化に及ぼす影響について評価した。対照およびバルプロ酸投与個体のメチル化解析結果を模式図で示した(図2)。対照11クローンおよびバルプロ酸投与22クローンについて、メチル化シトシン(黒丸)および非メチル化シトシン(白丸)の数を集計し、(表1)にまとめた。CpGサイト数では、対照およびバルプロ酸投与間で差は見られなかった。しかし、解析したクローンごとにメチル化パターンについて比較したところ、非メチル化CpG部位を4つ以上持つ低メチル化クローンが、バルプロ酸投与個体において増加していることを確認することができた。

5-2. 行動解析

オープンフィールドテストにおける投与前後の自発的運動量の結果をグラフに示した(図3、4)。投与前後で比較したところ、大半のマウスにおいて運動量の増加がみられたが、飼育中にほかのマウスから攻撃を受けていたマウスのみ、運動量の低下が確認された。しかしながら、本テストでは有意な差は得られず、異常行動は見られなかった。

6. 考察

本実験結果から、バルプロ酸はL1プロモーター領域のメチル化パターンに影響を及ぼすことが明らかとなった。また、バルプロ酸投与でL1の低メチル化が誘発されたことにより、当研究部で確認されているL1の発現上昇、L1コピー数の増加などの知見を裏付けることができた。よって、本研究結果から、精神疾患患者の海馬ゲノムで報告されたL1コピー数の増加は、抗精神病薬の服用によって誘発された可能性が示唆された。

7. 参考文献

Jose L. Garcia-Perez (ed.). Transposons and Retrotransposons: Methods and Protocols. Methods in Molecular Biology. vol. 1400. Pp.492. Springer Science+Business Media. New York. 2016.

Diem O, Schaffner M, Seifarth W and Leib-Mosch C. Influence of antipsychotic drugs on human endogenous retrovirus (HERV) transcription in brain cells. PLoS One. 7: e30054. 2012.

Bundo M, Toyoshima M, Okada Y, Akamatsu W, Ueda J, Nemoto-Miyauchi T, Sunaga F, Toritsuka M, Ikawa D, Kakita A, Kato M, Kasai K, Kishimoto T, Nawa H, Okano H, Yoshikawa T, Kato T and Iwamoto K. Increased l1 retrotransposition in the neuronal genome in schizophrenia. Neuron. 81: 306-13. 2014.

8. 謝辞

本研究の遂行に当たり、ご指導いただきました国立国際医療研究センター研究所の石坂幸人 副所長、そして、難治性疾患研究部の上野美華子 博士を初め皆さんに心から感謝いたします。

9. 表

10. 図

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